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【諸星】単行本未収録作「青ヒゲおじさん」「現代間引考」掲載号を入手 

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4/7の土曜にまんだらけに行った時、古いジャンプやCOMも並べてあったので「もしかしたらここならあるかも…」と思い、探してみたらあったので購入しました。

◆「現代間引考」…COM1971年3月号(1971年3月1日号)30p 
\420(購入先のまんだらけでの価格)

◆「青ヒゲおじさん」…週刊少年ジャンプ1974年12月23日52号)22p 
\2100(購入先のまんだらけでの価格)


…このお値段なので買おうかどうか迷いましたが、この先単行本収録されるかどうか分からなかったので思い切って購入しました。共に諸星大二郎の初期作品。40年前の雑誌!

◆「青ヒゲおじさん」…週刊少年ジャンプ1974年52号

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意表つくトリック、高まるサスペンス!小さな悪魔たちがいどむ完全犯罪!! 特別読切30ページ
タコが人を殺した…!"青ヒゲ屋敷"の小さな悪魔たちが挑む、恐るべき完全犯罪とは…!!

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犯人視点で語られる、ミステリー推理小説って感じ。最初の一コマ目から、いたるところに伏線が張られていてその全てが結末に帰結しているので、ゆっくりページをめくりながら読みました。読む前、青ヒゲが主人公になると思っていたので予想と違っていたのでびっくり。(こういう事前知識が殆どない状態で読めるのは幸いだと思う)

扉絵でそれぞれ対になっている2人の少年、が主人公です。「青ヒゲおじさん」のところへと、母親と一緒に越してきた内気な坊ちゃんのような少年薫と、青ヒゲおじさんの甥で神堂家で青ヒゲと共にに暮らしている令が出会います。この読切でちょっと驚いたことがあって、それは時折はさまれるモノローグが薫の視点であることです。一般的には、よそから越してくる、内気で主人公にうってつけの令の視点になりそうなのをわざわざ薫の視点にしたのはなぜだろう。一番最初のコマではこの読切で重要なファクターであるタコが上がっています。しかしあおり文句がネタバレ気味苦笑
その青ヒゲおじさんの家では既に2人奥さんが死んでいる、屋敷にはジャンヌ・ダルクの像が置いてある、ジル・ドレを崇拝していて肖像画も飾っている、そして開かずの間もある…と怪しさ全開…!

ところでもう一人、物語で中心的なポジションを占めているのが隣中学校の山口。父が元青ヒゲの会社の従業員で、クビにされたことから逆恨みで何かと2人に絡みます。「風がふくと企業がもうかる」…この場合の風は不況の風で、悪どい商法ほどもうかるというのです。この山口は「人殺しの悪党ぞろい」と罵り薫をリンチし、令にも悪意を持ってボールを投げついに屋敷に侵入します。学校で彼が令にダブって見た、青ヒゲの姿。

青ヒゲの肖像画、黒く塗られた巨大な凧、老朽化した手すり…

伏線がひとつに収束される。

(ネタバレ:青ヒゲを殺すべく屋敷に侵入した山口が見たベランダの青ヒゲの影を刺そうとしてベランダが外れ転落死する山口。これは薫の山口への復讐で、令のタコに自分が肖像画から切り抜いた青ヒゲの顔を張りつけて勝手に死ぬように仕向けたのだった。)

夜中のタコあげは青ヒゲ家のあととりにふさわしいと語る青ヒゲ、結局あかずの間で見た死体は令のいたずらだったし(でもものすごくグロい!)、今回青ヒゲ自身は特に何もしたわけではありませんでした。しかし、作中での発言を見るとやはり人の命を何とも思わず、人をこき使い、路頭に迷おうとも遠慮なく切り捨てる。恐らく2人の前妻も、計画的殺人によって殺されたのだろう。ジル・ドレ公の本質を残虐で猟奇的な面としてでなく、人の命をなんとも思わない冷酷な面として捉えたのではないかと思いました。「「聖なる怪物」さ 人の命などなんとも思っていなかった点が偉大なのだ…」という言葉にそれが表れているような気がします。青ヒゲの甥である令には既にその素質はあったが、今回以前はただの内気な少年だった薫が小さな悪魔へと変貌する。「けっこうおもしろい遊びだね」と返す姿には、罪の意識などいっさいない。この読切で、令の一人称で語られていたのも、既に青ヒゲ家の跡取りでありこれ以上変化はしない令の視点で、薫が変化していく様を眺めるという作用があったのかなとも思いました。

最後の言葉がすごくうまい、と思った。

「山口がまえにいったのはやっぱりウソだな」「なにが?」
「風がふくともうかるのは企業じゃなくてやっぱり桶屋…棺桶屋さ!」


「風がふくと桶屋がもうかる」から凧と大企業である青ヒゲの会社を結びつけ、完全犯罪の道具にすることで桶屋を棺桶屋にしてしまうのがさすがモロ☆な構成だと思いました。

風がふくともうかるのが棺桶屋とは…。目には目を!山口に大逆襲、令と薫のみごとな犯罪合作!!


◆「現代間引考」…COM1971年3月号(1971年3月1日号) 
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諸星義影名義の短編。初期の作品は、「ジュン子恐喝」「むかし死んだ男」など、後期欠かせない要素となった伝奇・SFの要素が控えめで、社会派漫画のような印象が強い。手塚治虫作品以外の漫画はそんなに読んでいなかったそうなので、どちらかというと漫画より小説や映画の影響を強く受けている、そんな感じ。描写もなんとなく映画っぽさを感じる気がします。
知的障害や子殺し、と扱うテーマが少々危ないので、今後も再録される見込みはあまりなさそうな気がする…

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子供をすてたり殺したりする事件が多いという会話から始まり、知的障害を持つ娘かず江はいつの間にか父親不明の子を妊娠していることで、父親から暴力を振るわれている。この知的障害を持っており、誰にはらまされたのかわからない、そして典型的なクズ親父という設定でしょっぱなから鬱です。

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といっても、かず江は殆ど言葉らしき言葉を発することができないものの不安げで諸星風美少女ともいえる風貌で、また弟のぼるとの関係も良好なのがせめてものの救い…(なのだろうか) そして父親不明とはいえ、本能的におなかの子供を守ろうとして中絶させられようとするのを拒否します。しかし親父に腹パン(えぐい)された上、家を追い出されてしまい一人さまよう。
はたしてかず江が、他人の言葉をどれほど理解できているのかはわからないのだが、彼女の頭をめぐるのは父親の言葉。そして夕方、子供たちが公園で野球に興じる中、河川敷で中年が釣りをする中、幼い娘をしょった父親が散歩する中、どんどん日が暮れ暗くなる中で河川敷の茂みで出産するのですが、この一連の描写が臨場感があってすさまじい陰鬱なオーラを醸し出してる。
そして出産後、作画崩壊 もといかず江が豹変して、子供の首から下を土の中に埋めるのでした。なぜ土に埋めようとしたのだろうか?明確な殺意があれば、首を絞めていただろうに。赤ん坊の息もたえだえな呼吸音が怖い。丁度釣りを終えた男が土手から上がっていくタイミングであったことから助かったとは思うが、かず江は失踪したままなのだろう…

最後は、実際にあった事件に着想を得たらしき文章が書かれている。この事件も、首から下を生き埋めにされたという奇妙な事件であったため、なぜこのような行為が取られたのかを考えてみた結果この読切ができたのだと思う。
タイトルは「現代間引考」であり、間引かれる対象はかず江が産んだ望まれざる子供なわけなのですが、その赤ん坊と同じように知的障害を患うかず江もまた、父親から疎まれ暴力をふるわれ、ついには姿を消しており、「間引き」というタイトルは彼女にもかかっているのでは…?と思ってしまう。

40年経った今では医学や福祉も発展したけれど、彼らや彼らの家庭が生きにくい状況は変わっていない。重いな~

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